
S・A・キルケゴールの言葉をお届けいたします(^-^)
祈りに思いがこもり、内に向かえば向かうほど言葉少なになった。
そして、最後は完全に黙した。
私は耳を傾けはじめた〜それは語りからさらに離れる行為だった。
最初、祈りは必然的に言葉を伴うと考えた。
次に、祈るとは聞くことだと学んだが、単に黙することとは違う。
それはこういうことだ。
祈りというのは、自分の語らいに耳を傾けることではない。
祈りには黙すること、黙しつづけること、
そして神に声が届くまで待つことが含まれるのだ。(〜キルケゴール)
(^-^)神様からのお返事は、いつも言葉ではありませんでした。それとはわからないくらいに、さり気なく、ウイットに富み、祈りを捧げた人をこよなく愛し、全てをしっていてくださり、形あるもの無いものにさえ決してとらわれず、ただ安らかな気持ち、忘却を与えてくれ、また清涼感と今日の分の健やかさをお弁当みたいに持たせて下さり、その日をあける楽しみにする。いつの間にか、いつでもあり続ける、その真空さと全てである宇宙であり神そのものを私たちは身のうちにも外にも有し暮らしています。ありがたきこと♡。真の優しさに包まれて今日があるのだと、知った時の、深くどこまでも静かな喜びを、歓喜とよぶのだと、心やさしい思いで生きる皆様は、きっともう、知っていらっしゃるのでしょうね(^-^)♡。
菊理(^-^)☆彡
祈りが届くまで待って | 菊理(くくり)先生|電話占いカリス