
まだインターネットも国際メールもないはるか昔から
東と西の賢い人達は、同じことを言っていました。
物事は新たに学ぶものではなく
自分の中に既にある
知識や知恵を思い出して行くだけのだ、と。
サインコサインや
ハレー彗星が地球に最も近づく計算など
思い出すどころか
チンプンカンプンの鐘が頭の中で鳴り響き
そんなわけあるかい、記憶にございませんと
全力で異議を唱えてしまいます。
もしかしたら賢人たちが言っていた「思い出すこと」は
テストに出るような知識のことではなく
自分がふと疑問に思うことの答えや
探求したくなることの根っこにある
物事の真理や智恵なのかもしれません。
人が苦しんでいるときに手を差し伸べたくなる心
頑張っている人を応援したくなる気持ち
誰も見ていなくとも
これだけはやってはいけないという
自分の中の小さな神様
いただきますという感謝の気持ち
苦しさと厳しさだけでも
優しさと甘さだけでも居心地が悪くなって
どっちも必要なのだと腑に落ちる感じ。
それらはきっと、人種や性別、時代を超えて
人として代々受け継がれて
生まれたときから、宝石の原石や遺跡のように
魂に組み込まれているのでしょう。
ただ、そういった、元々持っている良心や善意は
とても純粋で濁りがないからこそ
つらい目に遭ったり傷ついたりすると
手放してしまった方が楽になると
心の奥深くに投げ捨ててしまうこともあります。
それでも不思議なことに
ふとした瞬間にその良心は記憶のように顔を出します。
困っている人を見て、考えるより先に体が動いたり
誰かの一言になつかしさを感じ胸が熱くなったりと
忘れていたはずなのに、ちゃんと残っているのです。
思い出すというのは、新しく何かを足すことではなく
上に積もった埃を
そっと払うことなのかもしれませんね。
それでも何も思い出せる気がしないと
もやもやするときには
いつでもお話にいらしてくださいね♪
良い週末と素敵な1週間をお過ごしください。
答はあなたの中に | 星那(ほしな)先生|電話占いカリス