人は誰でも小学生の年代くらいまでの間は「自分が特別な存在」だと思っている
何らかの天才と呼ばれる存在ではなかったとしても、自分には「きっと何かの才能がある」と思っている
そんなものが子供の時代に見つかる人が居る
「自分が願えばどんなものにもなれる」と思っている
流石に小学生ともなれば「ヒーローにはなれない」というか「ヒーローは架空のもの」だと理解できている
中高生でオリンピックに出るような人達がいる一方、そういう方たちはある意味特殊な環境下で特殊な教育を受けてきた人が多い
いわゆる「英才教育」だ
アメリカには何処にでも「誰でも使えるバスケットゴール」があるのだそうだ
イメージはあるが本当なのだろうか?
だから貧乏人でもスラム出身者でも、誰でもボールさえあればバスケットボールを練習することができるのだそうだ
だから一縷の夢をかけて(自分の最悪な現状から抜け出す唯一の手段として)バスケットボールを練習する人が居るのだそうだ
幸いなことに日本は戦後占領下に置かれたため、その後の発展が目覚ましかった
「1億(当時の日本の人口がおよそ1億人だった)総中流時代」と呼ばれ貧乏な人がいなくなった
仕事さえしていればどんどん給与は上昇した
収入の男女格差は激しかったが…というか、女性は大学卒業して就職しても「お茶くみ件事務員」的な扱いでしか無かったが、今では女性が管理職にも普通になれる時代だ
だがそれはつまり「普通だったら年功序列で(有能でなくても)出世していた男性からすると出世の競争率が上がったり、自分の出世の道が遠のく」原因にもなったということだ
大抵は「スポーツ選手にはなれなかった一般人」でも、職業面で力を発揮して30代を超えてくる頃には優劣が出始める
才能というのは様々あって、人は誰でも「ヒーロー」的なものだけを見がちだが、ソレ以外の才能というのも存在する
例えば「営業力」みたいな才能もあったりするし、作曲などの芸術面で才能を発揮する人も居る
何故かやたらと客先に可愛がられる存在だったりというのも一種の才能だろう
だがどんな仕事でも「1位」になれる人は一人だけだ
そしてその優劣はハッキリと感じられたりする
例えば一番の美人というわけではないが人々から愛されてナンバーワンホステスの座を維持する人だったり、その辺のおっちゃんにしか見えないが営業成績ナンバーワンのおじさんだったり
基本的にヒーローは容姿端麗なのが普通だが、実際にはそうとは限らない
またきっと誰にだってナンバーワンではないかもしれないが「あなたが必要」と思っている誰かがいる
きっとそれは幸せなことだ
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