
最近、個人的に興味を持ったお話があります。
日本の栃木県、那須湯本温泉の火口付近には草木のない不毛地域の中に巨大な火山岩があります。
「殺生石」(せっしょうせき)と呼ばれる石です。
先日、その「殺生石」(せっしょうせき)が、
突然半分に割れた!という情報を知って、どうしたものかと思いました。
千年の封印が解かれたのか?!
今日のブログは、
この「殺生石」(せっしょうせき)にまつわる伝説のお話をいたします。
古代中国の王朝、商朝が亡国した後、
金の九尾を持った狐の妖怪が日本に渡りました。
その名は、「玉藻前」(たまものまえ)と呼ばれています。
酒呑童子(しゅてんどうじ)、大天狗(だいてんぐ)と並んで日本最強の三大妖怪とされています。
時は平安時代末期、
金色の九尾を持った狐の妖怪が、妖しく美しい女性に化けて、鳥羽上皇の側室となりました。
妖しく美しく、賢く化けた美女を目にした鳥羽上皇は、あっという間に心を奪われてしまいました。
とても気に入られて深い寵愛のもとで過ごすようになったのです。
その頃から鳥羽上皇の様子がおかしくなっていきます。
顔色は悪くなり、青白くなり、
目はどこを見ているのかと虚ろな目つきになりました。
人の話も上の空で臣下の話も聞けなくなりました。
そして、陰陽師が登場します。
(今も昔も占いをする人はいるのですね^^;)
私だったらこのような難問に応えられるのだろうか。
^^;
私が7歳の時から学び始めた統計学の知識の源とも言える安倍晴明の子孫、安倍泰成がこの妖怪退治を買ってでたのです。
安倍泰成は様子がおかしくなった鳥羽上皇を占いました。
愛してやまない側室である「玉藻前」(たまものまえ)が狐の妖怪であるとつきとめたのです。
安倍泰成は「秦山府君」(たいざんふくん)という手法で妖怪狐の正体を明かし、攻撃を開始しました。
「秦山府君」(たいざんふくん)の法とは、
仏教に出てくる地獄の閻魔(えんま)さまのお仕置のようなものでしょうか。
「泰山」という名高い神が、生前に罪を犯した者の魂を拘引し、奈落の底へ落とし、136種類の苦痛を味あわせるというものでした。
妖怪狐は倒されて、空高く遥か彼方へ消えてしまいました。
本当に倒されたのかどうか?
どこかにいってしまったのか?
妖怪というものはそんなに簡単なことでは懲りないようで、その後に今度は真の姿で現れました。
この妖怪女、九尾狐はその後も散々な悪さをして人々を脅かしました。
領主はやっとの思いで捕まえました。
そして、追い詰めて矢を射ったのです。
一回目の矢ではまだ息がありました。
妖怪は強いんだなと…。
^^;
滅びる寸前まで、討伐者の夢に、妖しく美しい娘の姿に化けて現れました。
色仕掛けで誘惑しながら許しを願ったそうです。
討伐者はこれは狐が弱っていると判断をして最期のとどめを刺しました。
放った二つの矢は九尾狐の脇腹と首筋を貫いて絶命しました。
そして、九尾狐は息絶えながら石に化してしまったのです。
九尾狐の最期の恨みが強すぎて執念が石に宿り、恐ろしい力を発揮し始めたのです。
石を見るだけでも死んでしまう、
草木は育たず、鳥や昆虫、動物も近づくことができないという恐ろしい力を持つ石に変わり果てました。
その石に復讐の念が宿ってしまったと言われています。
その場所が、現在の「殺生石」(せっしょうせき)が存在する栃木県湯河原温泉、火山付近だということです。
平安時代末期から令和のこの時代まで、崩れることなく形をとどめて来た「殺生石」(せっしょうせき)が割れてしまったのはどんな意味があるのでしょうか。
私は千年の恨みが長い時間をかけて無くなったのかなと思っています。
石が割れた時に、もしかすると九尾狐は終わりが来てスッキリできたのかもしれません。
月並みな意見ですけど^^;
石が割れるまでに千年の時間がかかるなんて、考えただけでも重い気分になります。
長い月日が経ったとしても、呆気なく石は割れてしまった訳だから、人のことを苦しめたり恨んだり怒ったりしてもいつかはその思いはなくなってしまうということでしょう。
執念深く、ネガティブな思いを抱くことが無いような楽しい人生を歩んで行きたいですね。
私がお話した金の九尾狐の妖怪伝説は諸説あります。
この妖怪はインドや中国などの世界を股に掛けて、美しい姿で殿方達を魅了したと言われています。
興味のある方は是非、調べてみてください。
割れてしまった「殺生石」(せっしょうせき)の今後の行方はいかに?^^;
今日は長いお話にお付き合い頂きありがとうございました。
またブログ不定期更新いたしますのでよろしくお願いいたします。
ご精読ありがとうございました!
Smile^^
視迦
★殺生石が割れた!!★女狐妖怪伝説★ | 視迦(みらか)先生|電話占いカリス