ところで、今回みえてきたビジョンの中に
私個人としての過去生は感じませんでした。
ただ、なんとなくその時は肉体を持っておらず
彼と同じことを直接感じ、応援しながら
ずっとそばで見守っていたような感じがします。
よくわからないけれど
そういうかたちもあるのかもしれません…。
ちなみに、改めて彼の名前を知覚しようとしたところ
『ジャック』という響きが伝わってきました。
彼は今新しいことを始めようとしています。
きっと、そこには仲間もいるでしょう。
それはとても斬新なことで
私には時代の先端を行っている様にも思われます。
一つの新しい形態を生み出すこと。
それはまわりまわって、ある意味では
人類全体のためにもなるかもしれません。
ただ、先は見えないですが、いくつかの問題点もみえていそうです。
親子で歩いていたときの麦畑は
まさに刈り取った『後』でした。
けれども、故郷に戻った彼の前には
刈り取る『前』の麦畑が広がっていました。
それが何を意味しているのかはわかりません。
でもひょっとしたら、当時の彼にはまだ可能性が残っていたのに、とらわれた想いのために、それが目に映っていなかったのかも知れません。
彼はいま決断のときに来ているようです。
今を生きる彼には無数の選択肢があります。
どれを選んでもいい。
どれを選ばなくてもいい。
同じ道を選んでもいいし
同じ道を選ばなくてもいい。
その時代に何を感じ、何を考えていたのか。
そして、その過去生がなぜ『今』リンクするのか。
過去を解放し『今、この瞬間』を生きること
自分や友人の過去生をみる度に、いつもそう感じます。
ただ確実にいえるのは、彼も私も
そしてこの日記を読んでくださっている方も
『今この瞬間に、あらゆる可能性の中で生きている』ということ。
まだ終わっていない。
それがどんな選択であり、結果を生むものであっても
僕は彼を応援します。
最後まで読んでくださってありがとうございました
(今回は友人である知人の承諾を頂き、ブログに掲載させていただきました)
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