
「一度切れた縁は、もう元に戻らない」と、そう言われることがあります。
でも私は、鑑定を通して本当に必要な縁が、時間を置き、形を変えて再び繋がる瞬間を何度も見てきました。
私自身も、それを経験しています。
ただし、ひとつだけ大切なことがあります。
切れた時と同じ自分のまま「縁」だけを戻しても、また同じところでつまずきます。
スピリチュアルでいう「縁」は、ただ好きだから繋がっているというものではありません。
出会いには、その人との関わりを通して気付くべきことがあります。
自分の弱さ、依存、執着、寂しさ。
相手の心を思い通りにしたかった自分。
反対に、離れて初めて、その人がどれほど大切な存在だったのかに気付くこともあります。
だから、離れることにも意味があるのです。
縁が切れたのではなく、一度離れなければ学べないことがあった。
私は、そう感じるご縁を何度も見てきました。
あなたは、それでもその人との縁を、もう一度結びたいと思いますか?
本当に結び直したいのなら、最初にすることは相手を追いかけることではありません。
連絡を待ち続けることでもありません。
まず、自分を整えること。
自分の弱さと向き合い、執着を手放し、相手がいなくても自分の人生を生きられるところまで成長することです。
縁が再び動くときは、無理に動かそうとしなくても流れが変わります。
止まっていた関係に変化が生まれ、再び言葉を交わす機会が訪れることもあります。
ただ、それを「必ず連絡が来る」「必ず復縁できる」という意味にはしないでください。
縁には「相手の意思」もあります。
本当に大切なのは、復縁そのものではありません。
もう一度出会った時に、以前とは違う二人でいられるか。
同じ依存を繰り返さない、同じ我慢を繰り返さない。
そして、今度こそ互いを大切にできる関係を築けるか。
元に戻るだけなら、それはただの「やり直し」です。
復縁とは言えません。
過去を乗り越え、新しい二人として関係を築くことができた時、初めてその縁は「結び直された」と、私は思います。
切れた縁を結び直すとは、過去に戻ることではなく、二人が成長し「新しい縁」として、もう一度出会い直すことなのです。
今日の写真は、沈み鳥居が佇む弁天池で撮った一枚になります⛩⟡.·
池の中央には「弁財天」が祀られ、その水底には弁天様へと続く参道が眠っていると伝えられています。
昔、日照りが続き池の水が減ると、普段は見えない参道が姿を現し、人々は鳥居をくぐり、弁財天へ雨乞いの祈りを捧げたそうです。
水の中に沈んでいても、道はなくなったわけではありません。
見えないだけで、そこには確かに道がある。
人との「ご縁」も同じです。
一度途切れたように見えても、それですべてが終わったとは限りません。
必要な時が来れば、再び道が現れる。
私は、この沈み鳥居を見て「ご縁には、そのご縁が動くタイミングがある」と改めて感じました。
⟡.·美龍⟡.·
切れた縁を、もう一度結ぶということ | 美龍(ビリア) 先生 | 電話占いカリス