私は学生時代ずっと視力が良かった
母は自分がメガネだったので、子供の頃から「視力だけは気をつけろ…」とずっといっていた
だからとは言えないが(多分、以前にも書いたかもしれないが「勉強しなかったから」だと思う)私は学生時代ずっと両眼2.0だった
だから自分の視力が落ちるとは夢にも思っていなかった
とある会社に入社して健康診断があった
その健康診断で私は両眼0.4だと言われた
そんなばかな…
元々2.0だったのが、1.5でさえ無く、1.0でさえもなく、0.4?
それで私はメガネを作ることになったのだが、では何故私は「自分の視力が落ちた」と気が付かなかったのか
私は常時「自分は視力が良い」と思っていたから、例えば少し見にくくなっても、暗くて看板の文字が読みづらくても「私でも見えづらいんだから、視力が悪い人はもっと見えないんだ…気の毒に…」と思っていた
だからまさか「自分の視力が落ちている」とは思いもしなかった
そんなこんなでメガネを作ることになったのだが、両目0.4って、別にメガネなしでも生きれるのだ
何なら「そんなに不便じゃない」
だってそれまでだって両目0.4で
ずっと生活していたのだから…
だから私は一応メガネを作ったが、時々「メガネを忘れて運転」しそうになることもあった
サイドブレーキおろして「さぁ出発」と思って「あぁ、メガネ・メガネ」と気がつく…的な
逆に言うと「運転以外ではメガネが必要なかった」
運転免許証では両目で見て0.7以上ならメガネ不要だが、それ以下だと「要メガネ」となっている(コンタクト可)
私はその前の免許更新では眼鏡は不要だったが、その後の免許更新で「要メガネ」となったので、メガネ無しで運転したら「捕まる」のだ
だが普段の生活はメガネなしでも問題なかった
それ以来私は視力が落ち続け、多分今は0.1程度だ
流石に「メガネなしでは生活できない」が、当時は「メガネなしの生活」が基本だった
そんな訳で(学生時代の視力は良かったので)私は眼鏡をかける事に、あまり抵抗がなかった
母も妹もコンタクトレンズを使っていたが、私は「コンタクトは面倒」としか思わず、簡単に着脱できる眼鏡で十分と思っていた
これが小学生とかからメガネが必要とかだったら「コンタクトが欲しい」となっていたかもしれないが…
主に「容姿的な問題(特に思春期)」で…
で、息子たちはコンタクトだが、私は必要性を感じないまま来たので未だにメガネだ
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